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100Gbps無線伝送を、世界で初めて新原理(OAM多重)を用いて成功【NTT】

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 NTTは5月15日、2030年代の無線需要を支えるテラビット級無線伝送の実現を目指し、OAM多重という新原理を用い100Gbpsの無線伝送に世界で初めて成功したと発表した。OAM(Orbital Angular Momentum:軌道角運動量)を利用した新原理により作りだされる電波にデータ信号を乗せ、広く利用されているMIMO技術を組み合わせ処理するNTT考案の方式により、飛躍的に大容量化を実現できることを実験室の環境で確認した。今回の実験は、この原理がLTEやWi-Fiのおよそ100倍、また、現在予定されている5Gの5倍、という大容量の無線伝送に適用できる可能性を示しており、コネクテッドカーやVR/AR、高精細映像伝送、遠隔医療等が普及する5Gの次世代を実現する革新的無線通信技術に貢献するものとなる。

研究の背景

 引き続き増大する将来の無線通信需要に備え、NTTではテラビット級無線伝送の実現を目標に研究開発に取り組んでいる。無線通信の容量を増大するには、空間多重数の増加、伝送帯域幅の拡大、変調多値数の増加の3つの方向性がある(図1)。これらの内、NTTは(準)ミリ波帯を用い伝送帯域幅を拡大するとともに、軌道角運動量を持つ電波による新しい原理により空間多重数を増加するアプローチを追求している。

図1:無線伝送大容量化に向けた研究の方向性

 軌道角運動量は、量子力学において電波の性質を表す物理量の一つだ。異なるOAMを持つ電波は重ね合わせても分離することができる特徴(OAM多重の原理)があり、この特徴を利用した伝送技術がOAM多重伝送技術となる(図2)。電波のOAMに関する研究は20世紀初頭に遡り、1980年代頃からVHF帯・UHF帯で、大容量伝送技術が成熟した2010年代以降は、ミリ波帯等において、OAM多重伝送が研究されてきている。近年の結果としては、アメリカの南カリフォルニア大学により、2014年に28GHz帯で、2016年に60GHz帯を用いて32Gbpsの伝送が報告されている。

図2:OAM多重伝送技術の原理

研究の成果

 OAMとは、電波の進行方向の垂直平面上で位相が回転するように表される電波の性質の一つで、この位相の回転数をOAMモードと呼ぶ。OAMの性質を持つ電波は、同一位相の軌跡が進行方向に対して螺旋形状になる(図2)。OAMの性質を持つ電波は、送信時と同じ位相の回転数を持った受信機でないと受信できない(例えばボルトとナットの関係のように螺旋構造の合ったもの同士でないと通過できない)。そこで、異なるOAMモードを持つ複数の電波を重ね合わせても、それぞれのOAMモードに合った位相の回転数で受信できる受信機を用意すれば、互いに干渉することなく分離することができる。この特徴を利用し、複数の異なるデータを伝送する技術をOAM多重伝送技術と呼ぶ。
 NTTは、OAM多重伝送に、現在広く利用されているMIMO技術を統合したOAM-MIMO多重伝送技術を考案した。MIMO技術を巧みに統合することによって、異なるOAMモード間で互いに干渉しない性質を維持しつつ、複数セットのOAM多重伝送を同時に行うことが可能となり、従来を凌駕する多重伝送が実現できる。この技術を用いた無線伝送を行える28GHz帯で動作する送受信装置を試作し、実験室において10mの距離で伝送実験を実施した。OAM多重される複数の電波にデータ信号を乗せ、原理通り無線伝送が可能であることを確認した。さらに、7.2から10.8Gbps のデータ信号11本を同時に処理できる信号処理技術を実現し、合計100Gbpsの大容量無線伝送に世界で初めて成功した。

今後の展開

 2030年代に向けてIoTの本格化があらゆる分野で進み、無線伝送の大容量化への要求は引き続き高まっていく。無線伝送の大容量化に向けた研究には、図1に示す3つの方向性があり、同社は今回の成果(図1:本研究の現在の到達点)を踏まえ、更なる空間多重数の増加、伝送帯域幅の拡大を実現する研究開発に取り組んでいくとしている。今回の成果は、OAM多重の可能性を示したものだが、実社会で利用するためには、多様な環境における大容量無線伝送の実験評価、及びそこで顕在化する課題の解決が必要となる。次のステップとして、屋外での伝送実験によりフィールドでの実現性を検証する予定だという。更に同社は、最終的にこの技術が利用可能になれば、コネクテッドカーやVR/AR、高精細映像伝送、遠隔医療等が普及する5Gの次世代を実現する革新的無線通信技術に貢献し、例えば、図3に示すような用途に利用することが可能となると考えているという。(左:無線による臨時回線、右上:非圧縮8K/16K伝送、右下:IoT等によるトラフィックの収容)

図3:技術の利用用途例(左:無線による臨時回線、右上:非圧縮8K/16K伝送、右下:IoT等により増えるトラフィックの収容)

技術のポイント

OAM技術とMIMO技術と統合し、多重数を飛躍的に増加
 OAMを持たせた電波の位相の回転数をOAMモードと称する。異なるOAMモードの電波にそれぞれ信号を乗せて送信すると、受信側でそれらの信号を分離できる。これがOAM多重伝送であり、例えば、図2は、OAMモード1、OAMモード2、OAMモード3にそれぞれ異なる信号を乗せて、同時に伝送する場合の例を表している。
 NTTは、このOAM多重伝送にMIMO技術を統合したOAM-MIMO多重伝送技術を世界で初めて考案した。多重する各OAMモードの電波に対してさらにMIMO技術を適用して信号を多重することで、多重数を飛躍的に増加できる。図4は、OAM-MIMO多重伝送技術の構成例を表している。左は、中心に一つと同心円の4つの円形アレーアンテナ(UCA)を表す。中心の1つのアンテナで構成されるUCA#0以外のUCA#1~4はそれぞれ、OAMモード—2,—1,0,1,2を生成し、5つのOAMモードの電波を多重することができる。同一のモード内で多重された信号は、受信機でMIMO技術により分離する。

図4:OAM-MIMO多重伝送技術の構成例

最大21多重伝送が可能なOAM-MIMO送受信装置の試作
 28GHz帯でOAM-MIMO多重伝送技術により無線伝送を行える送受信装置を試作した(図5)。これまで6GHz以下の周波数帯を用いる例はあるが、準ミリ波以上の周波数帯で、最大21多重の同時伝送を可能とする装置は、世界で初めてになる。この送受信装置は、5つのOAMモードの電波を送受信ができるUCAを4個、中心にアンテナ素子1個を備えている。これらの素子を介して、合計21のデータ信号の同時伝送が可能だ。今回の実験では、実験室にこの送受信装置を設置し、様々な条件において無線信号の送受信状況を測定し、その性能を確認したという。

図5:今回試作した送受信装置

100Gbpsの伝送を可能とする信号処理技術の実現
 試作開発した送受信装置を用いて、100Gbps級の伝送容量を達成するための信号処理技術を実現した。図6は、各OAMモードの電波を分離する信号処理技術の動作模様を表している。本信号処理技術は、各信号の受信品質を考慮して変調多値数とチャネル符号化率を適応的に判断する適応変調符号化技術(AMC:Adaptive Modulation and Coding)、送信電力制御技術、受信側の信号分離技術から構成される。これらを活用し、多重数11の多重伝送により100Gbpsのデータ信号をエラーなく伝送するエラーフリー伝送を実現した。

図6:信号処理技術の動作模様