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グラフェンと光ナノ導波路で超高速・低消費エネルギーの全光スイッチングを実現【NTT、東工大】

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超高速な光情報処理集積回路へ向けて前進

 NTTは11月26日、東京工業大学(以下、東工大)と共同で、ピコ秒以下の超高速領域で動作する全光スイッチを世界最小の消費エネルギーで実現したと発表した。従来の全光スイッチ技術では、超高速性と低消費エネルギーを両立させることは困難であると考えられてきた。同研究グループでは、プラズモニック導波路と呼ばれる幅と高さが数十ナノメートルサイズの光導波路に、非線形光学材料として近年注目されているグラフェンを組み合わせることによって、超高速かつ低消費エネルギーで動作する全光スイッチを実現した。達成した動作速度は電気を利用した光スイッチでは到達不可能な領域にあり、将来の超高速な光情報処理集積回路への応用が期待される。また、同成果は極限的に小さな光導波路の実装を可能とするプラズモニック導波路技術の研究を更に深化させるものだ。
 同研究成果は、11月25日(英国時間)に英国科学誌「Nature Photonics」のオンライン版で公開された。
 同研究の一部は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成金の助成を受けて行われたという。

研究の背景

 将来の光情報処理集積回路実現に向けて重要な素子の一つに光スイッチがある。光スイッチは光の信号をON/OFF、もしくは光の行先を切り替えるものであり、その制御を電気で行うか光で行うかで、その原理的な速度限界が異なる。光で光信号を制御する全光スイッチでは処理を全て光で行うため、電気回路で遅延の原因になるRC時定数による制限を受けない。そのため、電気制御より高速に動作することが期待できる。
 しかし、従来の全光スイッチは、比較的大きなエネルギーを必要としてきた。光情報処理集積回路では、光素子が高密度集積されることが想定され、個々の素子の消費エネルギーを小さくしなければならないため、この問題は重要となる。図1に示すように、従来の全光スイッチでは、スイッチング時間の短縮と消費エネルギーの削減とを同時に達成することは困難だった。そのため、両者の間には越えられないトレードオフが存在するものと想定されてきた。
 そうした中、NTTでは2010年にフォトニック結晶共振器を用いて、この想定を打ち破り、超低消費エネルギーで動作する全光スイッチを実現することに成功した。だが、その一方で、電気制御では到達不可能なピコ秒以下の超高速スイッチングの領域では依然としてトレードオフを破ることはできない状態が継続していた。

図1:全光スイッチの比較

研究の成果

 今回NTTと東工大は、プラズモニクスの原理を応用した極めて小さなナノ光導波路と優れた非線形光特性を有するグラフェンとを結合させることで、ピコ秒以下の超高速領域で動作する全光スイッチを低消費エネルギーで実現することに成功した(図2左)。同成果のポイントは次の通り。

図2:グラフェンとプラズモニック導波路を結合させた素子の概念図(左)と電子顕微鏡像(右)

プラズモニック導波路によるグラフェンの光吸収と非線形光学効果の増強:光で光信号を制御するには、光の通り道に配置した物質の特性を光によって変化させることが必要となるが、この物質の応答速度がスイッチング時間を決める大きな要因となる。そこで、非常に高速な非線形光学応答を示すグラフェンを採用したという。
 グラフェンは高速性だけでなく、広い波長域で高い吸収係数を有し、非常に優れた非線形光学材料と期待されている。しかし、その一方で、厚さが単原子層分しかないため、効率的に光と相互作用させることが難しく、素子長が非常に長くなってしまい、その結果大きなエネルギー消費をもたらすという問題点があった。そこで、今回発表された成果では、プラズモニック導波路を用いて光をナノサイズの領域に強く閉じ込めることにより、グラフェンと光の相互作用を飛躍的に増強し、この問題を解決した。
 ここでは、NTTが保有するナノ加工技術を用いて導波路コアの断面サイズが30 nm×20 nmと非常に小さなプラズモニック導波路を作製し、この上面にグラフェンを貼りつけている(図2右)。その断面積は従来小型導波路として用いられてきたシリコン導波路に比べて100分の1程度であり、単一モード光ファイバと比べるとおよそ10万分の1にもなる。その結果、シリコン導波路にグラフェンを貼りつけた素子に比べ、グラフェンによる光吸収の効率が1桁向上し、非線形光学効果を引き起こすために必要なエネルギーを4桁低減することに成功した。これは、素子の小型化と省エネルギー化を同時にもたらす成果だ。

超高速全光スイッチングの実現:全光スイッチングでは、制御光によって信号光のON/OFFを切り替える(図3左)。同素子では、制御光がグラフェンにおける非線形光学効果を引き起こし、光吸収の度合を変化させることにより、信号光のON/OFF状態が制御される。図3右は35fJという光エネルギーで260fsのスイッチング時間が実現されていることを示している。従来のグラフェンを用いた光スイッチング素子に比べて動作速度が1桁、消費エネルギーが4桁改善されている。また、図1に示されているように、同結果はピコ秒以下の超高速領域で他のあらゆる光スイッチの中で最も低消費エネルギー(従来の1/100)の光スイッチとなっており、世界で初めてフェムト秒領域の応答時間でかつフェムトジュール領域の消費エネルギーで動作するスイッチを実現したことを意味する。更に、前述のトレードオフを決めるスイッチング時間とエネルギーの積に関しても従来記録の更新に成功している。

図3:超高速全光スイッチングの実証(左:実験の概念図、右:スイッチング特性)

今後の展開

 NTTと東工大では、プロセッサチップ内に光のネットワークを導入することでエレクトロニクスにおける速度や消費エネルギーの限界を打破することに取り組んでいる。ここで示された全光スイッチは、電気制御では到達不可能な超高速なスイッチ動作を低消費エネルギーで実現しており、将来の光情報処理集積回路において超高速制御を担うことが期待される。プラズモニクスの技術には損失等の課題があり、実用化にはまだ時間を要すると考えられてきたが、同結果でナノサイズの物質と組み合わせることにより格段に優れた性能を発揮できることが示され、今後、ナノ物質の特性を活かした超高速光素子を実装するためのプラットフォームとしての活用が期待される。ナノワイヤや二次元層状物質に代表されるナノ物質の研究は非常に活発であり、今後プラズモニック導波路がその応用のためのプラットフォームを提供することが期待される。更に、計算機アーキテクチャ分野で光ニューラルネットワークの研究が非常に活発に進められており、同素子の動作はその活性化関数部にも組み込めるものと期待される。今後は、全光スイッチの更なる高性能化に取り組むとともに、受光器等の他の光素子への応用、他のナノ物質への展開を進め、これまでにない優れた性能の光素子の実現をめざしていくという。

技術のポイント

グラフェンの超高速な非線形光学効果を利用:超高速な動作を実現するための非線形光学材料として、グラフェンが用いられた。グラフェンは可視から赤外までの広い波長領域で単層あたり2.3%の光を吸収する。これを吸収係数として考えると、一般的な半導体に比べて極めて大きな値だ。また、グラフェンは非線形光学効果の一つである可飽和吸収を示し、その応答時間は最短で100fs以下に達する。これはグラフェンキャリアの緩和が一般的な半導体に比べて非常に高速であることに起因する。
 今回提案された全光スイッチはグラフェン光吸収の飽和状態と非飽和状態を光励起によって切り替えることで透過率変化を引き起こし、それをスイッチのON/OFFの状態として使用するというもの。そのため、超高速な全光スイッチを実現する上で上述のグラフェンの特長は非常に重要となる。

プラズモニクスによって光とグラフェンの相互作用を増強:グラフェンは非常に優れた非線形光学材料だが、光素子に応用するには薄すぎるという問題があった。ここでは光とグラフェンの相互作用を大きく増強するため、数十ナノメートルサイズのプラズモニック導波路を利用した。
 プラズモニック導波路は極限的な光閉じ込めを可能にし、例えば導波路コアの断面サイズが30nm×20nmの場合、閉じ込めの効果はλ2/4000(λ:光の波長であり、1550nmを想定)に達する。一般的なシリコン導波路をプラットフォームとしたとき、光とグラフェンの重なりが小さいため相互作用は弱く、光吸収は0.089dB/µm(1µmあたりの2%程度)であると計算から予測された(図4)。これは光の透過強度を半分にするためには30µm以上の素子が必要であることを示している。一方、プラズモニック導波路型では2.0dB/µm(1µmあたりの37%程度)であり、劇的に光吸収が大きくなっていることを示している。これによって、素子の短尺化が実現される。また、プラズモニック導波路型では光の密度が圧倒的に高く、グラフェン位置での光強度はシリコン導波路型に比べて310倍にもなることが分かった。こちらは、スイッチとしての動作エネルギーを劇的に低減することを可能にする。これらの増強効果は実験的にも確認されたという。導波路コアの断面サイズが30nm×20nmの場合、1.7dB/µmという大きな光吸収が得られた。一方、光強度の増強効果は可飽和吸収における飽和エネルギーの低減効果と読み替えることができる。実際に得られた飽和エネルギーは12fJであり、シリコン導波路で報告されている値よりも4桁もの低減が確認された。これは、光強度が4桁増強されたことを意味する。

図4:シリコン導波路型とプラズモニック導波路型の比較

モード変換器でプラズモニクスの問題点を解決:プラズモニック導波路は極限的な光閉じ込めを可能にする一方で、大きな伝搬損失を持ち、サイズが波長よりも非常に小さいが故に光の入出力が困難であることが課題とされている。そこで今回の研究では、プラズモニック導波路をグラフェンとの相互作用部にのみ用い、プラズモニックモード変換器(図5)によってシリコン等の低損失な誘電体導波路に結合させるという手法が取られた。
 同構造の作製には高い加工技術が必要となるが、NTTでは2016年、世界に先駆けて深サブ波長領域のプラズモニック導波路とシリコン導波路を結合させるプラズモニックモード変換器を報告している。同技術は、光集積回路内においてプラズモニック導波路、そしてグラフェンの利点を最大限に活用することを可能にする。

図5:プラズモニックモード変換器の電子顕微鏡像