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世界初、ラックサイズで大規模光量子コンピュータを実現する基幹技術開発に成功【NTT】

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光ファイバ結合型量子光源を開発

 NTTは12月22日、東京大学、理化学研究所と共同で、ラックサイズの大規模光量子コンピュータ実現の基幹技術である光ファイバ結合型量子光源(スクィーズド光源)(※)を開発したと発表した。

※スクィーズド光源:非可換な物理量対の量子ゆらぎのうち、片方の量子ゆらぎ(量子ノイズ)が圧縮された状態の光を生成する装置。非線形光学現象を効果的に引き起こす媒体により実現される。

 量子コンピュータは、重ね合わせ状態と量子もつれ状態という量子力学特有の現象を利用した超並列計算処理が可能なことから、世界各国で研究開発が進められている。現在、様々な方式が考案され、その中でも光の量子である光子を用いて計算する光量子コンピュータには多くの強みがある。
 例えば、他の方式で必要とされる冷凍・真空装置が不要なため、実用的な小型化が可能だ。また、時間的に連続的な量子もつれ状態を作ることで、集積化や装置の並列化なしに量子ビット数をほぼ無限に増すことができる。加えて、光の広帯域性を活かした高速な計算処理も可能です。さらに、一つの光子で量子ビットを表すのではなく、多数の光子で量子ビットを表す手法を用いれば、光子数の偶奇性を用いた量子誤り訂正ができることも理論的に示されている。
 この方式は光通信技術とも親和性が高く、通信波長帯の低損失な光ファイバや光通信で培われた高機能な光デバイスを用いることができ、実機構築に向けた飛躍的な発展が期待できる。

 しかしながら、この光量子コンピュータにおいて量子性の源となるスクィーズド光は生成が難しく、これまで光通信波長帯で動作する光ファイバ結合型の高性能な量子光源が存在しなかった。スクィーズド光は偶数個の光子流であり、かつ量子ノイズが圧搾された特殊な状態の光で、量子もつれ状態生成の源となる。
 また、光子数の偶奇性を利用することで量子誤り訂正が可能になることから、スクィーズド光は量子誤り訂正においても極めて重要な役割を担う。これらの実現には多光子成分においても偶数性を保ち、高い量子ノイズ圧搾率を有する光が必要だ。例えば大規模量子計算を実行できる時間領域多重の量子もつれ(2次元クラスター状態)(※)の生成には、65%を超える量子ノイズ圧搾率が求められる。

※2次元クラスター状態:あらゆる量子計算パターンを実現できる量子もつれ状態。一方向量子計算という汎用型量子計算手法において重要なリソースとなる。2019年に東京大学 古澤教授らによって、1万を越える光量子ビットがもつれた2次元クラスター状態が実現された。

 今回の発表は、光通信波長で動作する光ファイバ結合型量子光源を新たに開発し、光ファイバ部品に閉じた系で、6テラヘルツ以上の広帯域にわたって量子ノイズが75%以上圧搾された連続波のスクィーズド光の生成に世界で初めて成功したというもの。
 NTTは「これは、光量子コンピュータにおける基幹デバイスが、光の広帯域性を保ったまま光ファイバと相互接続性のある形で実現できたことを意味する。これにより、光ファイバおよび光通信デバイスを用いた安定的かつメンテナンスフリーな閉じた系において、ラックサイズの現実的な装置規模での光量子コンピュータ開発を可能とし、実機開発を大きく前進させることができる」と説明している。

 この成果は、12月22日(米国時間)に米国科学誌「Applied Physics Letters」において掲載される。また、この論文は「Editor’s Pick」論文に選出された。
 同研究の一部は、科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業の助成を受けて行われたという。

 ポイントは次の通り。

  • ラックサイズで大規模光量子コンピュータを実現するための基幹デバイスとなる、光ファイバ接続型高性能スクィーズド光源モジュールを実現した。
  • 開発した光ファイバ結合型量子光源モジュールと光通信用光学部品を用いることで、 6テラヘルツ以上の広帯域にわたって量子ノイズが75%以上圧搾された連続波のスクィーズド光の生成に、世界で初めて光ファイバ光学系で成功した。
  • この成果は、光通信デバイスを用いた安定的かつメンテナンスフリーな閉じた系において、現実的な装置規模での光量子コンピュータ開発を可能とし、実機開発を大きく前進させる。

研究の背景

 近年、世界各国で汎用的な量子コンピュータを実現するための研究開発が盛んに行われており、超伝導回路を用いた手法により現在100物理量子ビット程度の量子計算が報告されている。
 しかし、誤り訂正可能な汎用量子コンピュータの実現には100万程度の量子ビット数が必要とされており、量子ビット数の増大が大きな課題となっている。超伝導回路やトラップされたイオンを用いる手法では、100万量子ビットを実現するために、冷凍・真空装置を含むシステムの並列化や素子の集積化により量子ビット数を増やすアプローチがとられている。一方で、時間領域多重化技術(※3)と測定誘起型量子操作(※4)という従来とは全く異なるアプローチを用いる光量子コンピュータが圧倒的に大規模な汎用量子計算が可能であるとして期待されている。

※時間領域多重化技術:連続的に量子光源から出射される光を時間的に区切り、区切った量子波束(パルス)を光学遅延干渉系により干渉させることで、限られた台数の量子光源から大規模にもつれた状態を生成する手法。

※測定誘起型量子操作:世界各国で研究されているゲート型量子操作と等価な操作ができる手法。一つ一つの量子ビットをゲート操作によりもつれさせる従来のゲート型量子コンピューティングと異なり、あらかじめ大規模な量子もつれを準備し、一部の量子ビットを観測することにより、残りの量子ビットに操作を施していく手法。

 時間領域多重技術では、連続的に飛行する光を時間的に区切り、区切った光パルスに対して情報を載せるため、装置サイズを大きくすることなく時間軸上に量子ビットを増やすことができる(図1)。さらに光子数の偶奇性と光の連続量を用いることで量子誤り訂正が可能であることが理論的にも示されている。この光を用いる方式は既存の光通信技術とも親和性が高く、飛行する光量子ビットの伝搬媒質に通信波長帯の低損失な光ファイバを用いることができれば、光通信デバイスと組み合わせて大規模な量子もつれ状態を自在にかつ安定的に生成することができるようになる。

図1:時間領域多重技術による大規模量子もつれ生成

 具体的には、4つのスクィーズド光源、2つの長さの異なる光ファイバ(光学遅延線)、そして5つのビームスプリッタという構成(図2)だけで汎用量子計算に必要な2次元クラスター状態の大規模な生成が可能だ。これは超伝導回路などを用いる手法では素子の集積化や装置の並列化が必要とされているなかで、集積化や装置の大規模化を必ずしも必要としないアプローチであり、ラックサイズの現実的な装置規模で汎用量子計算を実現することが可能だ。さらに、この手法は光の高い周波数を活かした高速な計算も可能だ。これは高速な量子アルゴリズムを実装可能なだけでなく、そのクロック周波数も高いという究極の高速情報処理技術が光量子コンピュータにより実現されることを意味している。

図2:大規模な光量子もつれ状態を生成するための基本構成。4つの量子光源、2種類の長さの異なる光学遅延線(光ファイバ)、5つのビームスプリッタで原理上どんな規模の計算でも可能

 これまで、この光量子コンピュータの実現に向けた各種検証実験を高精度に配置されたミラー群からなる空間光学系を用いて実施してきた。これは光の損失を極力小さくし、また光同士の干渉を極力高めるためだ。しかし、ミラー等の配置がわずかにでもずれてしまうと所望の特性が発揮されないため、実験のたびに光の経路を再調整する必要があった。
 これらの理由から、光量子コンピュータの実機を実現するにあたっては、動作安定性に優れメンテナンスフリーな光集積回路や光ファイバなどの光導波路に閉じた光学系での実現が求められていた。特に光量子コンピュータにおいて、もっとも根幹となるのがスクィーズド光と呼ばれる特殊な量子状態の光だ。この光は非可換な物理量対である波の振幅・位相の量子ノイズのうち片方の成分が圧搾された状態の光であり、偶数個の光子流でもある。
 このスクィーズド光は生成が難しく、また光損失により容易に劣化してしまう。そのため、これまで光通信波長帯で動作しかつ光ファイバが結合した状態で、大規模量子計算を実行できる時間領域多重の量子もつれ(2次元クラスター状態)の生成に必要となる、65%を超える量子ノイズ圧搾率を持つスクィーズド光源は実現されていなかった。

研究の成果

 今回、低損失な光ファイバ接続型量子光源モジュール(光パラメトリック増幅モジュール)が新たに開発された(図3)。

図3:開発されたファイバ接続型の非線形光学デバイス

 モジュールの心臓部となる周期分極反転ニオブ酸リチウム導波路においては作製手法を一新することで低損失化を達成。またNTTが培ってきた光通信デバイス実装技術を用いることで、低損失な光ファイバ接続型のモジュールとして組み上げたという。
 開発されたモジュールと光通信用ファイバ部品を組み合わせた光ファイバ系において、6テラヘルツ以上の帯域にわたって75%以上に量子ノイズが圧搾されたスクィーズド光の測定に成功した(図4)。これは光ファイバに閉じた系であっても、光量子コンピューティングに最低限必要とされる量子状態の生成、および測定がなされたことを示している。
 今回開発された光ファイバ結合型量子光源により、安定的かつメンテナンスフリーな現実的な装置規模での光量子コンピュータ実現が可能となり、今後の開発を大きく前進させることが期待できる。

図4:量子ノイズ圧搾度の測定結果

 また、今回の実験では一つ目のモジュールでスクィーズド光を生成し、二つ目のモジュールで光量子情報を古典的な光の情報に変換する新しい手法を用いたという。
 この測定手法は従来のバランス型ホモダイン検波技術と異なり、量子信号を光のまま古典的な光の信号に増幅変換することができるため、圧倒的に高速な測定を可能にしている。
 これは将来の全光型量子コンピュータ実現にも適応可能な技術であり、テラヘルツクロック周波数で動作する圧倒的に高速な全光型量子コンピュータ実現に大きく貢献する。

今後の展開

 NTTは「今後、検証中である種々の光量子操作と組み合わせ、光ファイバ部品で構成された光量子コンピュータの実機開発を進める。また、量子光源の改良により量子ノイズ圧縮率を高め、誤り耐性型大規模汎用光量子コンピュータの実現を進めていく」との考えを示している。

研究への支援

 今回発表された研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」 (プログラムディレクター:北川 勝浩氏 大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授)、研究開発プロジェクト「誤り耐性型大規模汎用光量子コンピュータの研究開発」(プロジェクトマネージャー(PM):古澤 明氏 東京大学 大学院工学系研究科 教授)による支援を受けて行われた。

 古澤氏は「これまで、大規模量子コンピュータの実現には集積回路化が必須と考えられていたが、今回の成功により集積回路化は必要なく、モジュールと光ファイバ光学系だけで十分であることが実証された。これにより、大規模量子コンピュータ実現が一気に現実味を帯び、ゲームチェンジャーになるテクノロジーが生まれたと言える」とコメントを出している。