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偏波MIMO対応ミリ波フェーズドアレイ無線機を開発【東京工業大学、NEC】

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5Gのさらなる高度化を実現

 東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一教授とNECは6月14日、共同で、5Gの高度化に向けた偏波MIMOに対応するミリ波帯フェーズドアレイ無線機を開発したと発表した。同じ周波数帯域幅で比較すると、従来に比べ、通信速度を二倍にすることが可能だという。

 5Gでは、ミリ波帯の周波数を用いて通信速度の向上を図っており、さらなる高速化のための方法の一つが、単一のアンテナから二つの独立した偏波信号を送受信する偏波MIMOだ。しかし従来の回路方式では、二つの偏波信号が混信し、信号品質が劣化するため、十分に通信速度を向上させられなかった。
 同研究では、偏波信号間の混信を無線機回路内で打ち消すことにより、信号品質を改善し、通信速度を向上させる新たな回路方式の開発に成功した。この回路方式による28GHz帯フェーズドアレイ無線機を製作したところ、変調精度(EVM)を7.6%から3.2%へ改善し、256QAMによる偏波MIMOでの通信に世界で初めて成功したという。この無線機は、安価なシリコンCMOS(相補型金属酸化膜半導体)プロセスで製作された。今回開発された回路は、5G向けの各種無線通信機器に搭載可能で、高い周波数利用効率と装置の小型化を両立し、ミリ波帯の5Gの普及や高度化を加速させる成果といえる。
 研究成果は6月15日からオンライン開催される国際会議Symposium on VLSI Circuits 2020で発表される。また、この発表論文は同国際会議の注目論文に選定されているという。
 同研究は総務省委託研究「第5世代移動通信システムの更なる高度化に向けた研究開発(JPJ000254)」の成果の一部となる。

開発の背景

 昨今の急激な社会情勢などの変化により、人々が物理的に隔離された状況下でも社会・経済活動を円滑に進めていくことが、人々の健康や持続的な社会を維持するために極めて重要となっている。その基礎の一つとなる技術が無線通信であり、特に動画配信やテレワーク、リモート授業などの拡大によって高まる通信需要を満たすものとして、5Gが脚光を浴びている。
 現在、日本を含めて、先駆的な取り組みを行っているいくつかの国では、初期の5Gシステムの運用が開始されつつあるが、社会的変化により、さらなる通信高速化の需要が高い。5Gでは、事業者ごとに周波数帯が割り振られており、そのうちミリ波帯の一部である28GHz帯では、400MHz帯域幅を上限として割り当てが行われている。この400MHzの帯域幅を用いて64QAM変調による通信を行うと、2.1Gbpsの通信速度を実現できるが、5Gの高度化のためにはさらなる通信速度の向上が必要とされる。

5Gの高度化に向けた課題

 従来のマイクロ波帯での通信と異なり、ミリ波帯では送受のアンテナ間に遮蔽物のない見通し通信が行われる。このため、マイクロ波帯で通信速度向上のために用いられるMIMO技術は、ミリ波帯では必ずしも利用することができない。そのため、偏波を用いることで見通し間でもMIMOを可能とする、偏波MIMO技術が注目を浴びている。
 偏波MIMOでは、図1に示すように、一つのアンテナにおいて水平と垂直の直交する二つの偏波信号を発生させる。しかしながら、単一のアンテナから異なる二つの信号を放射するため、両者の分離が難しく、また集積回路チップ内やプリント基板上の配線でも信号が混信する。特に周波数帯域幅が広くなるほど混信を防ぐのが困難となる。このような理由から、従来の回路方式では信号品質が劣化するため、64QAM変調での偏波MIMO通信が限界であった。また、別々のアンテナを用いれば、ミリ波帯でもMIMOを利用することができるが、省面積化の観点から、単一のアンテナでの偏波MIMOを実現できる技術の確立が望まれていた。

図1:偏波信号間の漏洩補正および任意角偏波回転を実現

研究成果

図2:偏波MIMO対応フェーズドアレイ無線機

 研究グループは、従来の回路方式で問題となっていた偏波信号間の混信を無線機回路内で打ち消すことにより、信号品質を改善し、通信速度を向上させる新たな回路方式の開発に成功した。具体的には、信号漏洩を検出する回路と、高精度補償を可能とするアクティブキャンセル回路を無線機内に内蔵することにより、偏波補償回路を実現した。5Gでは広帯域信号を扱うため、デジタル信号処理で偏波漏洩を一括して補償することが難しいことから、高周波回路部でのアクティブキャンセルを行うことで、高精度に補償することを可能とした(図1)。また、この技術を用いることで、偏波を任意角に回転させることも可能となったという(図1)。
 この新しい回路方式を用いたフェーズドアレイ無線機を、最小配線半ピッチ65nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで製作。この無線機では、16平方mmの小面積に、水平偏波用に4系統分、垂直偏波用に4系統分のトランシーバを搭載している(図2)。

図3:64アンテナ素子搭載プリント基板

 集積回路チップはWLCSP(Wafer Level Chip Size Package)技術によりパッケージングしている。プリント基板の表面にはアレイアンテナを設け、裏面に集積回路チップを実装。個々のアンテナ素子には、それぞれ水平・垂直の2偏波分の信号線が接続されている。プリント基板全体では、合計64個のアンテナ素子と、16個の集積回路チップを実装している(図3)。
 製作したフェーズドアレイ無線機について、電波暗室内で2台のモジュールを対向させ、今回開発した偏波補償回路を動作させてデータ伝送試験を実施した。その結果、偏波補償回路の動作により、偏波間信号漏洩を-15dBから-41dBに改善できることが分かった。トランシーバ1系統あたりの飽和出力電力(用語8)は16.1dBmで、0度方向での等価等方輻射電力(EIRP、用語9)の最大値は52dBmであった。従来技術では、偏波間の信号漏洩のため、28GHz帯に割り当てられている400MHz帯域幅を用いて256QAMの偏波MIMO通信を行うことができなかったが、今回開発された回路によって補償することで、変調精度(EVM)を7.6%から3.2%へ改善し、256QAMによる偏波MIMOでの通信に世界で初めて成功した。

今後の展開

 同研究成果により、ミリ波帯フェーズドアレイ無線機の小型化と、さらなる高速化が可能となった。開発した無線機は、5G用基地局向けの仕様にあわせて製作されており、早期の実用化が可能であると考えられる。

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