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世界で初めて光のエネルギー損失が極めて少ないオプトメカニカル素子を実現【NTT】

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従来より小型・高効率な光増幅素子の創出に向けて前進

 NTTは2月1日、微小な機械振動子の内部に希土類元素の発光中心を埋め込むことにより、光のエネルギー損失が極めて少ないオプトメカニカル素子を実現することに成功したと発表した。

 光と機械振動が相互作用するオプトメカニカル素子では、両者のエネルギー損失時間の大小関係によって素子の振る舞いが決まる。従来のオプトメカニカル素子では機械振動のエネルギー損失時間よりも光のエネルギー損失時間が短いため、光を用いた機械振動の制御は可能だが、その逆の機械振動を用いた光の制御は困難だった。
 今回、光のエネルギー損失時間が極めて長い希土類元素の発光中心を機械振動子に埋め込むことにより、光と機械振動の間のエネルギー損失時間の関係が逆転した新しいオプトメカニカル素子を実現することに成功した。これにより、機械振動を用いた光の制御が可能となり、これまで困難であったオプトメカニカル素子による光の増幅や発振が可能となることが理論的に示された。
 この成果は、微小で非線形効果の大きなオプトメカニカル素子を用いたオンチップ光増幅器など、従来デバイスと比べて小型かつ高効率な省エネ光デバイスの創出につながるものとして期待されている。

背景と成果の概要

 半導体チップ上に作られる微小な機械振動子は、振動子固有の周波数で共鳴する機械共振特性を利用した高感度センサや高周波フィルタなど様々な素子応用に用いられている。このうち、機械振動子を電気的に検出・制御できる素子はMEMSとして広く知られているが、近年では、光を用いて機械振動子を検出・制御することが可能なオプトメカニカル素子にも注目が集まっている。オプトメカニカル素子の多くは、光を鏡や空孔などで空間的に閉じ込める光共振器構造や、光が選択的に吸収される光共鳴構造を機械振動子へ組み込んだ構成をとっており、機械振動と相互作用する光共鳴を用いて高感度な振動検出や高精度な振動制御を可能とすることを特徴としている。
 このようなオプトメカニカル素子では、光と機械振動の間のエネルギー損失時間の関係によって素子の振る舞いが決まる。具体的には、エネルギー損失時間の短い物理系によって損失時間の長い物理系を制御することが可能となる。従来のオプトメカニカル素子では、光の損失時間が機械振動の損失時間よりも圧倒的に短いため、光を用いた機械振動の制御は可能だったが、その逆の機械振動を用いた光の制御は困難だった。今回、光のエネルギー損失時間が極めて長い希土類元素の発光中心を機械振動子へ埋め込むことにより、機械振動と光の間のエネルギー損失時間の関係性が逆転した新しいオプトメカニカル素子を世界で初めて実現した。これにより、従来困難であった機械振動を用いた光の増幅や発振が可能となる。

実験の概要

 実験に用いた機械振動子(図1)は希土類元素エルビウムを含むYSO結晶を斜めからイオンビームで削る微細加工により作製した。これを圧電アクチュエータの上に設置することにより、電気的に上下振動を誘起し、機械振動子を固有周波数で共振させることが可能となる。

図1:希土類元素の発光中心を含む機械振動子の模式図。機械振動子となる領域の両側をイオンビームの斜めミリングにより削り取ることで、断面形状が逆三角形となる機械振動子を作製した。振動子の長さは160ミクロン、幅は14ミクロン、厚さは7ミクロン。機械振動子は圧電アクチュエータの上に設置され、アクチュエータに交流電圧を印加することにより機械共振を誘起することができる。機械振動子の内部には希土類元素の発光中心が多数埋め込まれており、これらは機械共振により生じる歪の影響を受ける。発光中心に共鳴する光を照射することで、機械振動による歪に依存した光吸収特性を調べることができる。

 この共振により、機械振動子内部に局所的な歪を導入することができる。今回、この歪に依存した光吸収・発光の様子を測定できる実験系を構築することにより、希土類元素の発光中心と機械振動とが相互作用した状態を観測することに成功した(図2)。

図2:周期的に振動する機械振動子中の希土類元素発光中心の光吸収波長の変化の様子。機械振動で生じる歪(変位)により、発光中心の光吸収波長が正弦的に変化する様子が観測されます(点線は中心波長の変化)。この吸収波長の変化は機械振動と発光中心が相互作用した結果を示している。

 また、エネルギー損失時間の測定により、光の損失時間が機械振動の損失時間を上回った状態が実現していることを確認した(図3)。

図3:希土類元素の発光エネルギーと機械振動子の振動エネルギーの時間変化。機械振動子のエネルギーの方がより短時間で消失することから、機械振動の損失が光の損失よりも速く、従来のオプトメカニカル素子とはエネルギー損失時間の関係が逆転した新しいオプトメカニカル素子の実現が確認された。

技術のポイント

  • 光と機械振動を効率的に結びつけるには、光と機械振動が同じ空間に長い時間留まる必要がある。従来のオプトメカニカル素子では、光を空間的に閉じ込める機構として光共振器や半導体中の量子ドットなどが用いられていたが、そのエネルギー損失時間は数ナノ秒程度であり、機械振動と比べて圧倒的に早く光が消えていた。今回、エネルギー損失時間が数ミリ秒となる希土類元素の発光中心を機械振動子に組み込むことにより、機械振動のエネルギー損失時間よりも長く光が留まる新しいオプトメカニカル素子を実現することに成功した。これにより、光と機械振動の結合が効率化されるのみならず、従来素子では困難であった機械振動を用いた光の増幅や発振が可能となることが理論的に示された。
  • 固体中に埋め込まれた希土類元素は、エネルギー損失が極めて少ないことが特徴だが、これを含むYSOなどの結晶は硬い材料であるため、これを用いて機械振動子構造を作製することはこれまで困難だった。今回、イオンビームを用いた斜めミリング手法を可能としたことにより、希土類元素を埋め込んだ機械振動子を作製することに世界で初めて成功した。これを液体ヘリウム温度(4K)にまで冷却することにより、長寿命な希土類元素の発光中心と機械振動子との相互作用を観測し、その大きさを定量的に評価することに成功した。

今後の展開

 NTTは「今回実現したオプトメカニカル素子を用いて、光の増幅と発振現象の実証に取り組む。増幅された光を効率よく取り出せるよう素子構造の最適化にも取り組む。現状では液体ヘリウム温度での動作しか確認されていないが、今後は液体窒素温度(77K)や室温環境での動作に向けて研究を進め、IOWNへの応用をめざす。また、光と機械振動の相互作用の高効率化を進め、弾性波や音波を組み合わせた省エネ光デバイスの創出をめざす」との考えを示している。