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Beyond 5Gに資する低環境負荷な物質・デバイス商用化技術の創出【NICT】

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 NICTは2月4日、同機構の参加する産学官の研究グループ(※)が、グラフェンを用いた低環境負荷かつ超高速なデバイスの革新的な製造法を創出したと発表した。
 この製造法は、世界最高水準品質を保ちつつコストを1/100以下にすることを可能にし、さらに、グラフェン・デバイスが従来抱えていた弱点を克服することでBeyond 5Gに不可欠なTHz帯で動作するデバイスの商用化を可能にするものとなる。
 研究成果は、2月4日にMDPIの科学誌「Nanomaterials」に掲載される(オープン・アクセス)。

※研究グループ:東北大学電気通信研究所の吹留博一准教授らの研究グループ、信越化学工業、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所、高輝度光科学研究センター、NICT。

研究成果の概略

 2030年代以降に到来するBeyond 5Gの実現には、現世代の5Gに比して一桁以上高周波帯であるTHz帯で動作するデバイス、例えば、THzトランジスタが不可欠だ。
 そのため、THz帯で動作するトランジスタの研究開発が世界中で活発に行われている。例えば、化合物半導体を電子輸送層として用いたデバイスが、Beyond 5Gデバイスとして有望だ。しかしながら、既存のBeyond 5G用デバイスは、希少(Inなど)・有害(Asなど)な元素を用いることが多いのが現状だ。そのため、これらのデバイスは、SDGsの趣旨と合致しない恐れがあり、既存のデバイスに加え、低環境負荷物質を用いたTHz帯デバイスの研究開発が喫緊の課題となっている。
 グラフェンは、低環境負荷かつ電子が全物質中で最高速で走行できるなど優れた物性を有する物質だ。しかしながら、グラフェン・デバイスは「物質製造コストが高い」や「実際にデバイス化すると、期待通りの性能を示さない」などの課題を抱えていた。同研究グループは、これまでにSiエレクトロニクスとの融合を目指して、Si基板上にSiC薄膜を介してグラフェンを廉価に直接成長させるグラフェン・オン・シリコン(GOS)技術を世界で初めて創出している。しかし、GOS技術においては、成長させたグラフェンの品質に改善の余地があるため、GOSを用いたトランジスタはTHz帯動作を実現することは困難だった。
 そのため、廉価に、高品質なグラフェンをデバイス応用に適した基板(Si、サファイアなど)に成長させる技術の創出が希求されていた。

成果の内容

図1:研究グループが創出したグラフェン製造法

 そこで同研究グループは、信越化学工業が開発したハイブリッドSiC基板を用いて、その上にグラフェンを成長させるという、新たなグラフェン製造法を開発した(図1)。ハイブリッドSiC基板とは、バルクSiC基板に水素イオン(H+)を注入し基板表面から1 µm程度の深さのところに切れ目を入れることで、高品質SiC単結晶薄膜を剥離させて、Siやサファイア基板などデバイス応用に適した基板へ転写したものを指す。
 ハイブリッドSiC基板プロセスは、高価なバルク基板を繰り返し利用することが可能であるという大きな利点を有している。一つのバルクSiC基板から100枚以上作製することが可能であり、3インチ以上の大面積化が可能であることが示されている。これにより、グラフェン製造プロセスの材料コストを、従来に比して1/100以下と大幅に削減することが可能となる。さらに、同研究グループは得られたグラフェンが世界最高水準の品質・物性を有することを、フォトンファクトリやSPring-8などの放射光施設にある角度分解光電子分光装置や分光型光電子・低エネルギー電子顕微鏡を駆使して明らかにした。
 さらに同研究グループは、このグラフェンを用いた高性能トランジスタの開発にも成功した。このトランジスタは、従来のグラフェン・トランジスタでは困難だった、入力ゲート電圧(Vg)—出力ドレイン電流の大きな変調度(gm)と電流飽和を同時に実現した(図2)。動作特性の解析から、同研究グループが開発したトランジスタは、THz帯で動作し得ることが示されている。
 以上のように、同研究グループは、世界最高水準の品質を有するグラフェンの製造コストを大幅に削減し、さらにBeyond 5Gに資するTHzトランジスタの商用化を可能とする新規な製造法を産官学で連携して創出した。

図2:研究グループが作製したグラフェン・デバイスの電気特性評価結果

今後の展望

 今回発表された技術は、既存のTHzデバイスと相互補完的な活用により、Society 5.0 for SDGsに大きく貢献するものと考えられる。
 Beyond 5Gでは、利用している電波の届く距離が数十分の一に減少し、かつ多種多様な情報伝送を行う必要があるので、現世代の5Gと比べて必要となるデバイスの数は激増する。そのため、Asなどの有害物質を含有する既存デバイスにおいて、現時点では顕在化していない社会的なコスト(例:廃棄処理)を含めたトータルのコストが、無視できなくなると考えられる。その対策として、Beyond 5Gにおいては既存のデバイスだけでなく、環境負荷が低い物質を用いたデバイスが求められるようになることが予想されている。以上の理由から、低環境負荷であるグラフェン・デバイスの利用は、Society 5.0 for SDGsに適したものであると言える。
 同研究の出口像の一つとして、ハイブリッドSiC基板を共通プラットフォームとした5G用のGaNトランジスタとBeyond 5G用グラフェン・トランジスタを混載した通信回路・超高感度センサ回路の実現が期待される(図3)。

図3:期待される5G・Beyond 5G混載通信回路・超高感度センサ回路のイメージ

研究の役割分担

コンセプト・プロジェクト管理・資金調達・論文執筆: 東北大学
ハイブリッドSiC基板の開発・資金提供: 信越化学工業
グラフェン製造法の開発・X線回折(XRD)測定: 東北大学
LEEM(低速・光電子顕微鏡)測定: 東北大学、高輝度光科学研究センター
角度分解光電子分光測定: 高エネルギー加速器研究機構、東北大学
グラフェン・トランジスタ作製・特性評価: 東北大学、情報通信研究機構(NICT)

 研究の一部は、科学研究費補助金(15H03560, 18K19011, 16H06361, 19H02590)、総務省戦略的情報通信研究開発事業(SCOPE)フェーズI・フェーズII、東北大学電気通信研究所共同研究プロジェクト、信越化学受託研究費などにより支援された。グラフェン成長・デバイス化においては、東北大学電気通信研究所のナノ・スピン実験施設のスーパークリーンルームを利用。また、研究における構造・物性評価は、高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリのBL-2に設置されている角度分解光電子分光装置およびSPring-8 BL17SUに設置されている分光型光電子・低エネルギー電子顕微鏡を利用。