J:COMがR&Dセンターを開設。最初の取り組みは、ユーザ体験向上をめざすWi-Fi 8の実証実験【2】
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R&DセンターにおけるWi-Fi 8の実証実験
J:COMのサービスは、加入者宅内のWi-Fiまで標準でサポートしているという強みがある。これを将来に活かすR&Dが、Wi-Fi 8の実証実験だ。
現行の規格であるWi-Fi 7は、2025年11月から標準提供を開始している。更には、何らかのトラブルが起こった場合に、簡単に可視化できる端末診断「ターミナル アナリシス プラットフォーム(TAP)」も提供している。
吉兼氏は「こういったものを用いることによって、お客様のrNPSの改善効果が得られているという状況だ。アプリの利用者、ネット機能の利用者のrNPSが改善している。また、Wi-Fi7の導入効果として速度の向上や、通信の安定性の向上によってrNPSが改善している」とし、「そして2026年度は、『もっと快適、もっと便利に』をめざし、サービスを強化して行く予定だ。現状、何かトラブルが起こった後にJ:COMがサポートをさせていただくという手順だが、今後は何かトラブルが起こりそうな時に、事前にサポートさせていただいてトラブルを回避する、プロアクティブサポート体制を強化していく」と説明している。
こうしたWi-Fi規格の今後の動向としてWi-Fi 8に関する標準化がIEEEで進んでおり、2028年の完了が見込まれている。吉兼氏は「最初はアーリーアダプターの皆様が使われると思うが、一般的にWi-Fi8利用が広まり始めるのは、2030年以降ではないかと想定している。我々はその時代に向けて、Wi-Fi 8をスムーズに導入できるようにするための実証実験を事前に取り組む」とし、「例えば、Wi-Fi 8は速度というよりも安定性重視となっているので、Wi-Fi7からさらに進化した安定性・低遅延性を、きちんと確認する予定だ」と説明している。
J:COMが想定している2030年以降のWi-Fi 8ユースケースとして、映像とコミュニケーションの革新となる「没入型コンテンツ配信」、メディア・コミュニケーションの新しい楽しみ方の創造となる「イマーシブメディアによる没入体験の提供と普及促進」、案安心・安全な暮らしの支援となる「センシング技術を活用した環境・状態把握」がある。
それらを支えるWi-Fi 8の機能は「長距離で安定した高速通信」「APと端末間の通信の最適化」「AP間連携で低遅延通信」、そして実証実験の対象である「通信帯域の効率的な利用」となる。
吉兼氏は「『通信帯域の効率的な利用』の実証実験では、実環境で通信帯域を効率化する機能の効果測定を二つ実施する。一つ目は、多接続環境下で効果を検証であり、多くのデバイスを同時につないで通信性能がどのぐらい劣化するか、もしくはしないのかを検証する予定だ。二つ目は、電波干渉下での効果を検証であり、他のデバイスによる電磁ノイズや、家電のノイズ等がどのくらい影響するのか、もしくは影響はないのかを検証していく予定だ」と説明している。

実証実験に協力するMediaTekのWi-Fi 8技術は、グローバルで先頭集団の一社となる。また同社はWi-FiチップだけでなくONU、ゲートウェイ、ルータ、CPE(顧客宅内機器)向けSoCにも強みがあり、ブロードバンド事業者のコンシューマ領域との相性も良い。
この実証実験は、MediaTekと協力して実施され、「多接続環境下で効果」や「電波干渉下での効果」を確認するにあたり、二つの機能の有効性・実現可能性が検証される。
一つ目の「DSO(Dynamic Sub-band Operation:動的サブバンド操作)」は、広帯域チャネル内のサブバンドを動的に複数端末へ割り当てることで、通信効率と遅延性能を改善するという方向性で議論されている機能だ。
Wi-Fiの複数チャネルを束ねて通信を高速化する「チャネルボンディング」技術において、基準となるメインの電波帯・周波数帯がプライマリチャネルとなる。Wi-Fi 8では、プライマリ以外の周波数資源をサブバンド単位でより柔軟に制御することを前提としており、DSO機能は、利用可能なサブバンドを複数端末へ動的に割り当てることで、チャネル利用効率を高めることができる。

MediaTek
インテリジェントコネクティビティBU
シニアマネージャー
Tony Lo氏
例えば、Wi-Fi 7を含む従来のWi-Fiでは、広帯域チャネルを確保しても、端末の能力差やトラフィック特性に応じた柔軟な周波数資源の割り当てには限界があり、結果としてチャネル待ちや利用効率の低下が生じる場合があった。DSOはこうした課題に対し、周波数帯域を状況に応じて柔軟にサブバンドへ割り当てることで、複数端末の同時送受信を可能にし、特に混雑環境においてスループット向上と遅延低減が期待される。
MediaTekのインテリジェントコネクティビティBU シニアマネージャーであるTony Lo(トニー・ロー)氏は「弊社のDSO+ならば、Wi-Fi 8だけでなくWi-Fi 6 やWi-Fi 7もサポートする」と話している。

DSOが無い場合と、DSO、DSO+がある場合の比較を、車線で示したイメージ。DSO+ならば、複数の車線が使えるだけではなく、Wi-Fi 6 やWi-Fi 7利用時の隙間も埋めることができる。
二つ目の「NPCA(Non-Primary Channel Access:非プライマリ チャネル アクセス)」は、プライマリチャネルが混雑してアクセスできない場合に、空いているサブバンドだけでアクセスすることができるよう議論されている技術だ。
Wi-Fiでは、複数のチャネルを束ねて通信する場合でも、必ずプライマリチャネルを基準にして通信を開始するので、サブバンドが空いていてもプライマリチャネルが埋まっていれば待ち時間が発生してしまう。例えば集合住宅の場合、隣室のAP、上下階のAP、メッシュWi-Fi、IoT機器など、多数の端末が同じチャネルを共有しており、それらの電波でプライマリチャネルが過度に混雑してアクセスできない状況では、端末ごとに順番に利用するという待ち時間、すなわち遅延が発生する。
そこで、NPCA技術により「利用可能なサブバンドのみでの通信を可能とする」ことで、本来ならば待機が発生するはずだった端末も通信ができる。

集合住宅におけるNPCAの活用イメージ。

MediaTek
インテリジェントコネクティビティBU
デピュティ ゼネラル マネージャー
Lih-Feng Tsaur氏
MediaTekのインテリジェントコネクティビティBU デピュティ ゼネラル マネージャーであるLih-Feng Tsaur(リーフォン・ツァウル)氏は「Wi-Fi8の実証実験にあたり、MediaTekは技術を開発して、提供をする立場からの発想となる。そしてJ:COMは、ユーザ体験が大事という発想だ。この、発想が違うという点が重要だと考えている」と話している。

MediaTekのWi-Fi8の特長
編集後記
■Wi-Fi 8では、こうした個々の技術を組み合わせる方向で議論が進められている。例えば、NPCAはプライマリチャネルが利用できない場合でも空いているサブバンドへのアクセスを可能にし、DSOはそのサブバンドを含む利用可能な周波数資源を複数端末へ動的に割り当てる。これにより、従来であればプライマリチャネルの空きを待つ必要があった複数端末も並列的に通信できるようになり、チャネル待ち時間の短縮、再送の減少、混雑時の実効スループット向上、遅延やジッタの改善が期待される。
そのため、Wi-Fi 8の価値は、単体のアクセスポイントだけでは十分に引き出せない。例えば、「端末の接続先をどう切り替えるか」「周囲のアクセスポイントとどう協調するか」「アプリケーションごとに通信をどう最適化するか」といった運用が重要になる。その意味では、宅内運用のノウハウを持つブロードバンド事業者ほど、端末配置やローミング制御、QoE分析などの運用知見をWi-Fi 8へ反映しやすいため、その真価を発揮しやすい可能性があるので、J:COMの既存資産とWi-Fi 8の方向性は自然に繋がっていると整理できる。
Wi-Fi 6やWi-Fi 7の世代では、広帯域化や高速化が大きなテーマだったのに対し、Wi-Fi 8では「限られた電波資源をいかに有効に使うか」へと重心が移りつつある。NPCA技術とDSO技術は、その考え方を象徴する技術の組み合わせと言えるだろう。ただし、あくまでも将来規格の技術であるため、まだ「劇的に変わる」ことを保証できる段階ではない。サービスの実環境である加入者宅、特に集合住宅では、電波干渉や端末数、壁による減衰など様々な要因があるため、両技術を組み合わせるだけですべてが解決するかは分からない。それでも、高密度環境において「空いている細かな周波数も無駄なく使う」ことで、通信品質を安定させる方向に寄与するというWi-Fi 8の狙いは非常に魅力的であり、だからこそブロードバンド事業者による実証実験で実情を確認することに意義がある。
Wi-Fi 8がめざすQoE改善は、「このアルゴリズムは理論的に優れている」という技術面だけではなく、「実際にユーザの『リモート会議が途切れなくなった』『ゲームのラグが減った』という体験につながったか」という、ブロードバンド事業者が得るユーザ体験の情報が重要になる。すなわち、「どのような問い合わせが来るのか」「どんな時間帯に問題が起きるのか」「どんな宅内構成でトラブルが多いのか」といった運用データの蓄積は、QoEを評価するための重要な現場データとなる。
以前の通信技術の実証は、「この技術は仕様どおり動くか」を確認する意味合いが強かった。しかしWi-Fi 8のような世代では、「どのような運用をするとユーザ体験が最も向上するか」を探る比重が大きくなってくる。検証対象が技術単体から技術×運用へ移っていることで、J:COMのような加入者宅内まで精通したサービス提供の現場を持つ事業者の価値が高まっている。
通信業界では、グローバルにおいてアクセス回線や無線規格そのものの性能向上だけでは差別化が難しくなりつつあり、「実環境でどう運用し、どうQoEを改善するか」という知見自体が競争力になり始めている。これはAIによる運用自動化(AIOps)やQoE分析への投資が拡大している背景とも繋がる。J:COMのWi-Fi 8実証は「新しい無線技術を試す」という話だけではなく、長年蓄積した宅内運用の知見を、次世代QoE技術の競争力へ転換する取り組みとして注目したい。
レポート目次
2:R&DセンターにおけるWi-Fi 8の実証実験



