IonQが、DARPAの「It’s About Time」プログラムを通じて次世代原子時計の製造を獲得
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IonQは8月6日(メリーランド州カレッジパーク)、米国防高等研究計画局(DARPA)の「It’s About Time」プログラムを通じて、2,800万ドルの契約延長と3,000万ドルの追加オプションを獲得したと発表した。
このプログラムに基づき、IonQはEvergreen-05光原子時計のスケーラブルな製造能力を向上させ、米国政府機関に125台の時計を納入する。これらの時計は、レーダ、セキュア通信、高精度測位などのミッションクリティカルな用途向けに設計されている。
この2,800万ドルの契約は、既存のDARPA契約の変更であり、製造開発と25台のEvergreen-05時計の製造を対象としている。まだ行使されていない3,000万ドルの追加オプションにより、さらに100台の時計が製造可能となり、総額は最大5,800万ドルとなる。
Evergreen-05原子時計の性能
DARPAのロバスト光時計ネットワークプログラムの下で開発されたIonQのEvergreen-05は、5リットルのシューボックスサイズの小型で完全統合型の光原子時計だ。1秒時点のタイミング安定度50フェムト秒、10日間のナノ秒級ホールドオーバーを実現し、3000万年にわたって1秒未満の計時誤差を予測する。
IonQはその特長として次の三点を挙げている。
・アクティブ水素メーザーと比較すると、Evergreen-05は優れた位相ノイズと短期安定性を持ち、長期ドリフトは同等となる。
・この時計は、アクティブ水素メーザーのわずか75分の1の体積でこの性能を実現している。
・戦術的なパッケージと幅広い動作環境により、IonQの既存の時計技術は陸上、海上、航空プラットフォームへと拡張される。
プログラムの背景
DARPAによるEvergreen-05の中核技術への支援は、2019年にカリフォルニア州プレザントンに設立されたばかりのスタートアップ企業、Vector Atomicへの初期投資から始まった。IonQは2025年10月にVector Atomicを買収し、量子位置、ナビゲーション、タイミング分野への事業拡大を図った。
IonQの会長 兼 CEOのNiccolo de Masi氏は「Vector AtomicをIonQグループに加えたのは、彼らの時計とセンサが世界最高水準だからだ」とし、「DARPAの『It’s About Time』プログラムによる投資は、私たちの選択が正しかったことを証明している」とコメントを出している。
IonQのタイムキーピング部門ディレクターであり、Vector Atomicの共同創業者でもあるMarty Boyd氏は「DARPAはあらゆる段階でパートナーとして支えてくれました。初期の支援は、私たちの時計の中核となるコンセプトを実証する上で非常に重要だった」とし、「当社は、商用製品の提供を加速・拡大するためにIonQに加わった。DARPAの継続的な支援は、それを実現する機会を与えてくれる」とコメントを出している。
編集部備考
「時間」の解像度を高める光原子時計の価値
今回の発表で注目したいのは、IonQが高精度な光原子時計を開発したことそのものだけでなく、その技術を実際のシステムへ展開する段階に入ったことだ。米国防高等研究計画局(DARPA)は「It’s About Time」プログラムを通じてIonQとの契約を2800万ドル拡張し、同社の光原子時計「Evergreen-05」を125台、米政府顧客向けに生産・納入する計画を進める。IonQも専用の生産スペースや製造・試験設備、人員に1500万ドルを投資する。
原子時計と通信インフラの親和性は高く、セシウム原子時計などは、通信ネットワークや測位・航法システムなどの基準時刻を支える実用技術として利用されて久しい。今回の発表では、従来とは異なる方式でさらに高い時間精度を実現する光原子時計を、実際のシステムへ組み込める規模・形態で展開しようとしている取り組みの進捗が示された。
そして、「時刻の精度が上がる」ということは、ただ時計が正確になることではない。時間を基準として動くレーダ、通信、測位、センシングなどのシステムにおいて、より細かな現象を測定し、より精密に同期・制御できるようになることを意味する。言い換えれば、人類が時間を基準として制御できる物理世界の「解像度」が上がるということだ。
だからこそ、DARPAがこの領域に継続的に投資する意味も見えてくる。時間精度の向上は、それ単体で価値を生むというより、その時間を利用する周辺システムの性能を引き上げる基盤技術になり得るからだ。より精密な時間基準を先行して実装できれば、次世代の通信、測位、センシング、レーダなどにおいて、従来とは異なる性能や運用能力を引き出せる可能性がある。
今回の発表は、光原子時計という一見ニッチなハイエンド製品の量産計画に見える。しかし、その本質は、「時間」という物理量をどこまで高い精度で利用可能な技術へ変えられるかという競争にある。量子技術の実用化を考えるうえでも、量子コンピュータのような新しい計算機だけでなく、既存の産業・防衛システムの「測る・同期する・制御する」という能力そのものを引き上げる技術にも目を向ける必要があるだろう。
通信インフラの価値は「帯域」から「時間」へも広がる
今回の光原子時計を通信インフラの視点から見ると、さらに別の意味が浮かび上がる。それは、ネットワークにおいて「時間」というものは時計の機能だけではなく、異なるシステムを同期させ、通信や測定、制御を成立させるインフラ資源になっていることだ。
現在の通信ネットワークでは、基地局間同期や5GのTDD、光伝送網など、分散した機器が共通の時間軸を持つことが重要になっている。そのため通信事業者は、GNSSによる基準時刻に加えて、SyncEやPTPなどを組み合わせながらネットワーク全体へ高精度な時間を配信している。つまり通信インフラは、データを「どれだけ速く、どれだけ大量に運ぶか」だけでなく、「いつ処理するのか」を揃える役割も担っている。
この役割は、通信ネットワークが社会のさまざまな産業と接続するほど重要になる。例えば、電力網では発電・送電設備の状態把握、金融では取引記録の時刻管理、製造業では複数の設備を連携させた制御、測位やセンシングでは位置や現象を正確に特定するために、時間が共通の基準として機能する。AIや分散コンピューティングの進展によって、複数の拠点にある計算資源を一つの巨大なシステムのように動かす場面が増えれば、こうした「共通の時間」の重要性はさらに高まる可能性がある。
そう考えると、今回の光原子時計が示しているのは、ネットワークそのものが「異なる産業間で正確な時間を共有するための基盤」になっていく可能性だ。
これは、通信インフラの価値が「データを運ぶこと」からさらに広がることを意味する。これまで通信事業者は、帯域幅、遅延、可用性、セキュリティなどをネットワークの主要な価値としてきた。しかし、産業システムの高度化に伴って、ネットワークを通じて「正確な時間」を提供すること自体が、新たなインフラ価値になり得る。
特にGNSSに依存した時間同期には、衛星信号の遮蔽や妨害・欺瞞への脆弱性という課題がある。そこでネットワーク内部に高精度な時間基準を持ち、それを各拠点や各産業へ配信できれば、通信インフラは単なる情報伝送路ではなく、社会全体に共通の時間軸を提供するインフラへと役割を広げられる。
もちろん、光原子時計が直ちに通信ネットワークへ広く導入されるわけではない。しかし今回の取り組みは、より高精度な時間基準を現実のシステムへ持ち込む動きと、その時間を必要とする様々な産業をネットワークで結ぶことが、別々の技術ではなく一つのインフラ構想として考えられることを示している。
通信インフラの進化を考える際、これまでは「より速く、より大量に、より低遅延でつなぐ」という方向が中心だった。これからはそこに、「異なる産業を、共通の正確な時間でつなぐ」という価値が加わるかもしれない。光原子時計という技術は、その可能性を考えるための一つの入口になっている。
(OPTCOM編集部)



