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世界初、光コヒーレント伝送方式のための新しい受信方式を開発【NICT】

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複雑で精密な光回路が不要、光の強度情報のみから位相情報を回復する

 NICTネットワークシステム研究所は4月25日、独自に開発した高速集積型受光素子と位相回復信号処理アルゴリズムを用いた、新たな光コヒーレント受信方式の実証実験に世界で初めて成功したと発表した。現在、長距離系光ファイバ通信網で利用されている光コヒーレント受信機には、高精度な光源と複雑で精密な光回路が必要だが、今回は、この複雑な光回路を用いる代わりに、受光素子を二次元に配置した集積型受光デバイスを用い、散乱させた光信号を画像的に受信し、位相回復信号処理を施すことで、光コヒーレント受信に成功したという。これにより、光回路を大幅にシンプルにすることができた。位相回復技術は、これまで、天文などの物理学の分野で知られていたが、今回、光通信に特化したアルゴリズムを開発し、初めて、実際の大容量通信実験に成功した。
 この成果により、光源や複雑で精密な光回路が不要で、超小型でシンプルな光コヒーレント受信機が実現可能となり、受信機の小型化が求められる光アクセス網の大容量化が期待できる。

背景

 現在、通信事業者等の長距離系光ファイバ通信網では、光の強度と位相に情報を乗せる光コヒーレント伝送により、100Gbpsを超える大容量通信を実現している。さらに、FTTHなど身近な光アクセス網でも光コヒーレント伝送の導入が検討されている。しかし、光信号の受信に用いられる受光素子は、光の強さ(強度情報)は検出できるが、位相は検出できないため、光コヒーレント方式信号の受信には、高精度な光源や複雑で精密な光回路が必要となる。そのため、受信機の小型化が求められる光アクセス網では、光コヒーレント伝送の導入が進んでいなかった。

今回の成果

 今回NICTは、新たに開発した位相回復信号処理アルゴリズムと2017年に開発した超小型かつ高速な二次元集積型受光素子を組み合わせることで、受信機内の光回路を大幅に削減し、シンプルにする「位相回復型コヒーレント受信方式」を提案し、その実証実験に、世界で初めて成功した(図1下段)。
 この方式の構成要素は以下の通り。

  • 受信した光の位相を二次元的な強度パターンに変換する散乱体
  • 散乱体で変換された強度パターンを一括受光する二次元集積型受光素子
  • 強度パターンから光の位相を逆算する位相回復信号処理アルゴリズム

 位相回復技術は天文などの物理学の分野で知られているが、計算量の大きさなどから、高速光通信へは応用されていなかった。今回、新しく開発されたアルゴリズムでは、光位相変調信号の限られた位相状態に着目し、その計算量を大幅に削減することができた。今回の実験では、40Gbps相当の偏波多重QPSK信号を伝送し、位相回復型コヒーレント受信に成功した。
 なお、同実験の結果は、OFC2019で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Post Deadline Paper)として採択され、現地時間3月7日に発表された。

図1:光受信方式のイメージ図。受光素子で受信する場合は、強度情報のみで位相情報は検出できない(図1上段参照)。現在、通信事業者で使用されている光コヒーレント受信方式では、ローカル光源と複雑で精密な光回路を用い、位相を検出する(図1中段参照)。
今回開発された「位相回復型コヒーレント受信方式」では、散乱体で光の位相を二次元の光強度パターンに変換し、NICTが開発した二次元集積型受光素子で画像的に受信した後、位相回復信号処理により、受信強度パターンから入力位相を逆算することで、光位相変調信号を受信する(図1下段参照)。
位相回復技術は、X線回折や透過型電子顕微鏡などの分野で広く知られているが、計算量や位相回復アルゴリズムの頑強性に課題があり、高速光通信への適用は難しいと考えられていた。今回、計算量の少ない一般化最急降下法に基づく位相回復アルゴリズムRAF(Reweighted Amplitude Flow)に、SOAV(Sum-of-Absolute-Values)最適化と呼ばれる手法により、光変調方式に関する事前知識(例えば、今回はQPSK変調)を取り込むことで、頑強かつ低要求演算量の位相回復アルゴリズムDRAF(Discreteness-aware RAF)を新たに開発した。

今回の実証実験の概要

図2:今回の実証実験の概略図。

1:光位相変調信号送信機
10Gbaud(1秒間当たり100億シンボルを伝送)の単一偏波及び偏波多重QPSK信号を生成
2:標準マルチモードファイバ
散乱体。高速光ファイバ通信に用いられるシングルモードファイバと異なり、マルチモードファイバでは、ファイバ中の複数の伝搬モード間の干渉及び群速度分散が信号歪みを生じる。今回は、その“歪み”を散乱体として利用
3:NICT開発の10GHz超の帯域を持つ32ピクセル高速集積型受光素子(うち8~12素子のみを利用)
4:今回新しくアルゴリズムを開発した位相回復アルゴリズム(DRAF)

図3:今回の実証実験結果: 位相回復信号処理アルゴリズムの反復回数に対するビット誤り率の変化。単一偏波QPSK信号伝送時(青線)は、約150回の反復により、光通信で許容される誤り率を達成。偏波多重QPSK信号伝送時(赤線)は、約400回の反復により、光通信で許容される誤り率を達成。

今後の展望

 NICTネットワークシステム研究所は「今後は、16QAMといった、より複雑な波形を持つ光信号の復調や、より効率的な散乱体の設計など、信号処理技術・デバイス技術の両面から、位相回復型コヒーレント受信方式の実用性の向上に取り組んでいく」としており、「今回開発したコヒーレント受信方式は、光ファイバ通信のみならず、高精度な光測距や大容量の空間光無線通信など、超小型化が求められる身近な光ICTシステムへの多様な応用も期待される」としている。