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フィールド環境敷設のマルチコアファイバケーブルで、世界で初めて1.6Tbps光伝送実験に成功【NTT】

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大規模データセンタネットワークにおけるイーサネットの大容量化技術として期待

 NTTは10月5日、フィールド敷設4コアファイバを用いて、世界初(※1)となるファイバ1心で1.6Tbpsを超える強度変調直接検波(IM-DD※2)方式による光信号の空間多重光伝送実験に成功したと発表した。

(※1)2023年10月現在(NTT調べ)。IM-DDが用いられるイーサネット標準の波長帯域(O帯)における実験結果において。

(※2)強度変調直接検波(IM-DD: Intensity Modulation and Direct Detection):伝送波長に対して光強度に情報を乗せる方式。半導体レーザ、外部光変調器、ドライバアンプ、光検出器のみで構成可能であるため、シンプルで低コストな光送受信機を実現できる。

 NTTは「本実験では、1レーンあたり400Gbpsを超えるIM-DD光信号の送受信を、イーサネット標準の波長帯域(O帯)において実証し、世界で初めて、フィールド環境において1ファイバあたり1.6Tbpsの超高速IM-DD信号の10km伝送実験に成功した。本成果は、NTT独自の超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュールと、超高精度なデジタル信号処理技術、およびマルチコアファイバを用いた空間多重伝送技術の高度な融合により達成された」と説明している。
 この成果は、従来の実用レベルの4倍以上となる大容量化を実証し、大規模データセンタネットワークの更なるスケーラビリティ向上の可能性を示したものであり、次世代イーサネットのコア技術として期待される。

 同技術の詳細は、 ECOC 2023の伝送部門において査読委員から最も高く評価されたトップスコア論文として採択され、10月5日(現地時間)に発表される。なお、同研究成果の一部は、NICTの委託研究「高度通信・放送研究開発委託研究(採択番号20301)」により得られたものとなる。

研究の背景

 近年の映像データ流通の爆発的な増加やクラウドサービスの拡大や5Gサービスの普及などにより、通信トラフィックは今後も増え続けることが予測されている。これに伴い、多数のユーザからのデータセンタへの膨大なアクセスにより、データセンタ内およびデータセンタ間におけるトラフィックの増大が見込まれる。

図1:イーサネット規格の標準化動向

技術上の課題

 データセンタネットワークではデータ信号の伝送方式としてイーサネット規格が適用されており、IEEE802.3規格として400 Gbpsまでの標準化が完了している。まずネットワークトラフィックの増大が著しいデータセンタネットワークに最新のイーサネット規格に則ったモジュールが積極的に導入され、規格が成熟するにつれてより広いネットワーク基盤で使用されるというサイクルが続いている。また、次期標準化規格として毎秒800 Gbpsおよび1.6Tbpsのイーサネット規格の議論が開始されている(図1)。将来の大規模データセンタネットワークには1.6Tbpsの大容量イーサネットが求められており、これを経済的に実現するためには、既存の規格における伝送距離を維持しつつ1レーンあたり400 Gbpsへ高速化し、1つのファイバかつ少ないレーン数(4レーン)で並列伝送する必要がある。
 これを実現するにあたり、現行の技術と課題について次の点が挙げられている。

現行の技術

  • 多くのイーサネット規格では、マルチレーン分配方式により並列伝送を行い、イーサネットの高速化を実現している。例えば400Gbpsのイーサネット信号の伝送では、1レーンあたり100Gbpsの信号を4つ並列に伝送する。並列化の方法として、複数波長を用いるWDM方式、または複数の光ファイバを用いるPSM方式が用いられる。
  • イーサネットでは、簡易な送受信機構成でデータ信号を伝送する強度変調直接検波(IM-DD)方式を用いることが、経済化の有効な手段として用いられている。
  • イーサネットでは伝送距離として2km、10km、及び40kmなどの規格が定められており、将来の大規模データセンタネットワークにおいても、データセンタ内およびデータセンタ間のイーサネット接続を広くサポートする10kmの伝送距離が必要となる。
  • 最新のイーサネット標準規格では、1レーンあたり100Gbpsの信号を、シンボルレート約53GBaudでPAM4(4値のパルス振幅変調方式)を用いて、IM-DD方式で実現している。

課題

  • 従来と同じPAM4を用いて1レーンあたり400Gbpsに高速化するためには、信号のシンボルレートを200GBaud以上に高速化する必要があった。このような超高速信号を高品質に送信するには、光送受信機内の電気の増幅器(光変調器駆動用のドライバアンプ)の広帯域化が必要となる。
  • 信号の高速化に伴い、光送受信機内および光ファイバ伝送路で歪んだ信号を、受信側で極めて高精度に補償するデジタル信号処理技術も必要であり、従来技術で1レーンあたり400Gbpsの信号を送受信することは困難だった。
  • このような超高速信号では、光ファイバ伝送路で生じる波形歪みの影響がシンボルレート(変調速度)の2乗に比例して極めて顕著に現れ、信号品質が著しく劣化するため、既存の光ファイバ1本に従来方式(WDM方式)のように4つの異なる波長を多重して10kmの伝送を実現することは困難だった。

研究の成果

 今回、1レーンあたり400Gbpsを超えるIM-DD光信号の送受信を、イーサネット標準の波長帯域(O帯)において実証し(図2左図)、世界で初めて、フィールド環境において1ファイバあたり1.6Tbpsの超高速IM-DD信号の10km伝送実験に成功した(図2右図)。NTTは「本成果は、NTT独自の超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュールと、超高精度なデジタル信号処理技術、およびマルチコアファイバを用いた空間多重伝送技術の高度な融合により達成された」としている。

図2:今回の成果と従来技術(※1)

今後の展開

 同技術を用いることで、従来の実用レベルの4倍以上となる大容量化を実現し、将来の大規模データセンタネットワークで利用される1ファイバあたり1.6Tbpsを超えるイーサネット信号を高信頼に伝送することが期待される。これにより、クラウドサービスの拡大や5Gサービスの普及等による通信トラフィックの爆発的な増加への対応が可能となる。
 NTTは「IOWN/6Gにおけるオールフォトニクス・ネットワークの実現に向けて、独自のデバイス技術、デジタル信号処理技術、光伝送技術の融合を深化させ、研究開発を進めていく」との考えを示している。

研究の技術詳細

1レーンあたり400Gbps超高速IM-DD信号の送受信技術

図3:1レーンあたり400Gbps超高速IMDD信号の送受信技術

これまでNTTで研究開発を進めてきたInP系ヘテロ接合バイポーラトランジスタ(InP HBT)技術(※3)による110GHzまでの周波数に対応する超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュールを、光送信回路内の光変調器駆動用ドライバアンプとして適用した。また、従来のPAM4方式よりシンボル速度を3/4倍に低減できるPAM8方式を新たに適用することで、1レーンあたり400Gbpsの超高速IM-DD信号(155Gbaud PAM8)の安定な光信号生成を可能とした(図3左下①)。受信側では、NTT独自のデジタル信号処理技術により、非線形最尤系列推定(※4)を用いてデジタル信号処理で光送受信機内および伝送路で歪んだ信号を高精度に模擬する。この模擬信号と受信信号とを比較することにより、受信信号のビット誤り率を大幅に低減し、1レーンあたり400Gbpsの超高速PAM8信号の高品質な受信を可能とした(図3右下)。

(※3)InP系ヘテロ接合バイポーラトランジスタ(InP HBT):III-V族半導体のリン化インジウムを用いたヘテロ接合バイポーラトランジスタ。高速性と耐圧に優れるトランジスタ。

(※4)非線形最尤系列推定:最尤系列推定とは、受信した複数の信号(信号系列)と、受信した信号を模擬した複数の候補系列とを比較することで、受信側で行う信号判定の精度を高める技術。NTT独自の非線形最尤系列推定では、光送受信機や光ファイバ伝送路にて生じる、入力強度に応じて波形歪みが複雑に変化する非線形歪みを、最尤系列推定における候補信号系列に反映することで、信号判定精度を更に高めることが可能となる。

1ファイバあたり1.6Tbps超高速IMDD信号の10kmマルチコアファイバ伝送実証
 NTTで開発したInP HBT技術による超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュールと非線形最尤系列推定により、1レーンあたり400Gbpsの超高速IM-DD信号の送受信が可能となった。これを1.6Tbpsの信号とするためには、400Gbpsの超高速IM-DD信号を4並列に伝送する必要がある。光ファイバ伝送路中では、波長分散等による信号波形歪みが生じ、高速な信号ほどその影響が顕著に現れる。そのため、従来のデータセンタネットワークで用いられるWDM方式では、既存の光ファイバ1本で1レーンあたり毎秒400ギガビットの信号を、4並列に10km伝送することは困難だった。
 今回の成果では、マルチコアファイバを用いた空間多重方式を採用することにより、この課題を解決した。具体的には、各コアに1波長を割り当てることで、4コアの各コアごとに波長分散の影響を受けにくい波長に設定することを可能とした。さらに、光信号形式を従来の4値(PAM4)から8値(PAM8)に高度化することでシンボル速度を3/4倍に低減し、合わせて非線形最尤系列推定信号処理を適用することで、波長分散等による信号波形歪みを大幅に低減した。
 また、今回の実験で用いたマルチコアファイバは、NTT研究所内の地下設備に4コアファイバケーブルを敷設することで、実際のケーブル敷設環境を模擬している(図4)。同4コアファイバは、既存のファイバと同じクラッド外径(125µm)を採用し、各コアは既存のファイバと同じ簡易なステップインデックス型の屈折率構造としているため、量産化に適した構造としている。各コアの光学的な特性は、現在の光ファイバの国際規格と同等の光学特性を有し、個別のファイバを用いたPSM方式に比べて各コアの特性ばらつきを低減できた。さらに、10km伝送時における各コア間のクロストーク(隣接コアからの光の漏れ込み量)は、IM-DD方式が用いられるイーサネット標準の1.3µm波長帯域(O帯)において約10万分の1であり、光信号伝送に全く影響が出ないレベルに低減できた。

図4:NTT研究所内のファイバ敷設環境、地下設備、およびマルチコアファイバ断面図

 結果、1レーンあたり400Gbpsの超高速信号を、フィールド敷設マルチコアファイバを用いて4並列に空間多重伝送し、PAM8方式に非線形最尤系列推定を適用してビット誤り率を低減することにより、世界で初めて1ファイバあたり1.6Tbpsを超える超高速IM-DD信号の10kmにわたる現場環境光伝送実験に成功した(図5)。

図5:1ファイバあたり1.6Tbpsの超高速IM-DD信号の10km伝送結果

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